公開: 2026年6月16日約 6 分
「人に慣れたクマは、いつか駆除される」——よく言われることですが、 その代償は本人だけでは終わらないかもしれません。 知床のヒグマを長年追った日本の研究は、衝撃的な事実を示しました。人に慣れた母グマのもとで育った息子グマは、その 70% 以上が人に殺されていたのです。 「人慣れ」は、母から子へ受け継がれていました。
- 知床で、人に慣れた母グマの息子は 70% 超が人に殺されていた
- 子グマは母から「人を怖がらない」ことを学習して受け継ぐ
- だから対策の本丸は「最初の 1 頭を人慣れさせないこと」=餌付け・生ゴミの根絶
人慣れは「遺伝」ではなく「学習」で伝わる
クマが人を恐れなくなる「人馴れ(human habituation)」は、 クマと人の双方にとって最悪の入り口です。 人を恐れないクマは人里に居つき、トラブルを起こし、最終的に駆除される。 この研究が問うたのは、もう一歩深い問いでした——「人慣れした母グマの子は、どうなるのか?」
知床という、世界でも稀な観察フィールド
舞台は北海道・知床国立公園。 世界自然遺産でもあり、ヒグマの高密度生息地として知られます。 研究チーム(北海道大学などの下鶴らのグループ)は、個体を識別して長年追跡し、母グマごとの「人慣れの度合い」と、 その子ども(独立後 1〜4 歳)のその後の生死を結びつけました。
個体を識別し、母系をたどり、子の運命まで追える—— これは世界的にも極めて貴重なデータセットです。
息子の 70% 超が、人の手で死んでいた
結果は厳しいものでした。人への慣れが強い母グマのもとで育ったオスの子(息子)は、 その70% 以上が人に殺されていた(駆除・事故等の人為的死亡)。 これは、人馴れの度合いが低い母グマの息子に比べて明らかに高い割合でした。
なぜ「息子」なのか
差がとくにオスで大きく出たのには理由があります。 ヒグマはメスが母の行動圏の近くにとどまりやすいのに対し、オスは独立後に広く分散し、長距離を動き回る。 人を恐れない性質を母から受け継いだオスは、 その「物おじしなさ」を抱えたまま広範囲を移動し、人の生活圏に踏み込んでトラブルを起こし、駆除される確率が高まる—— という構図です。
母から子へ — 人慣れの連鎖
ここが本研究の核心です。人慣れは遺伝子で決まるのではなく、 子グマが母と過ごす中で「学習」して受け継ぐと考えられます。
母グマが人や人里を恐れず、生ゴミや畑の作物を食べて暮らしていれば、 一緒にいる子グマも「人は怖くない」「人のそばには食べ物がある」と学んでしまう。 独立後、その子は同じ行動を再生産し、やがて駆除される。一頭の人慣れが、次の世代の死につながる。 人馴れは個体の問題ではなく、世代を超えた連鎖なのです。
対策の本丸はどこにあるか
この研究は、クマ対策の優先順位をはっきりさせます。 出てきたクマを駆除するのは「下流」の対症療法にすぎない。 本当に効くのは「上流」——そもそも 1 頭目を人慣れさせないことです。
餌付け(意図的・非意図的を問わず)と生ゴミ・残飯・放置果樹は、 クマに「人=食べ物」を学習させる入り口。 ここを断つことは、目の前の 1 頭だけでなく、その子・孫の世代まで救うことにつながります。
私たちにできること
- 絶対に餌をやらない・残さない — 観光地での餌やりはもちろん、 生ゴミ・弁当の残り・釣りの撒き餌も「餌付け」になります。
- 里の誘引物を管理する — 収穫しない柿・栗、放置された果樹、コンポストは クマに「人里=食料」を学習させる典型。早めに処理を。
- 「かわいい」で近づけない — 人を恐れないクマや子グマに餌・接近をすると、 その個体だけでなく次世代まで「人慣れ」を植え付けてしまいます。
- 出没情報は早めに共有・通報 — 人慣れが定着する前の早い段階の対応が、 連鎖を断つ鍵になります。
誘引物の管理や遭遇回避の基本は クマ対策の総合ガイドにまとめています。前号Vol.32(クマ鈴)で触れた 「鈴の先に餌があると逆効果」という話も、本号の「人慣れの連鎖」と地続きです。
参考文献
- Maternal human habituation enhances sons’ risk of human-caused mortality in a large carnivore, brown bears(本号メイン)Shimozuru, M., Shirane, Y., Yamanaka, M., et al. (2020). Scientific Reports 10: 16498.DOI: 10.1038/s41598-020-73057-5 →
※ 本記事の解釈は獣医工学ラボ編集部の責任において行ったもので、原著者の主張を完全に再現したものではありません。 学術的に厳密な議論が必要な場合は必ず原典をご参照ください。本シリーズへのご意見・取り上げてほしい論文のご要望は 運営情報のお問い合わせ先まで。
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この記事は KumaWatch 編集部が執筆しました。実際のクマ対策にあたっては、各自治体の最新情報・専門家の指示・現地ガイドの判断にも従ってください。
