クマ研究ダイジェスト Vol.10 — クマは「数」を理解している。Vonk & Beran 2012 — 記事ヒーロー画像
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公開: 2026年5月20日5

オハイオ州の動物園で、ある日 3 頭のアメリカクロクマが小さなタッチスクリーンの前に座らされました。 画面には 「ドットが 2 個」と「ドットが 5 個」。クマが多い方を選んだら、ご褒美。

結果、クマたちは はっきりと多い方を選び続けました。 当時の動物認知学者たちは衝撃を受けます。 「クマって、サルやイルカと同じくらい賢いんじゃないか?」

今号で読み解く 1 本の論文
Bears 'count' too: quantity estimation and comparison in black bears, Ursus americanus
Vonk, J., & Beran, M. J. (2012). Animal Behaviour 84(1): 231–238.
DOI: 10.1016/j.anbehav.2012.05.001 →
時間がない人向けの 3 行
  • アメリカクロクマ 3 頭にタッチスクリーンで「多い数を選ぶ」課題
  • 正答率は サル並み(~75% 以上)。クマが数量を理解することを実証
  • クマの賢さが「学習する都市型クマ問題」の根本原因

なぜクマの「賢さ」を研究するのか

クマ研究の世界で、長らくクマは 「身体能力で生きる動物」と考えられてきました。 強い握力、鋭い嗅覚、巨大な体。これだけで森を生き抜けると思われていたのです。

ところが現代の野生動物学では、クマの認知(学習・記憶・問題解決能力)に 対する関心が急速に高まっています。理由は明白です。

  • 🏘️ 市街地に出るクマは明らかに「ゴミ箱の開け方」を学習している
  • 🚗 道路を渡るクマは信号や車の動きを観察している
  • 🍯 養蜂場を襲うクマは柵の弱点を覚えて再侵入する
  • 🐻 母グマから子グマへ「街の暮らし方」が伝わる

これらは 「単純な本能」では説明できない行動です。 クマには、人間が想像する以上の認知能力があるのかもしれない。 この問いに、米国の 2 人の研究者がタッチスクリーン実験で挑みました。

オハイオの動物園で行われた認知実験

実験を行ったのは、米国オークランド大学の Jennifer Vonkと ジョージア州立大学の Michael Beran。 2 人とも動物認知の権威で、Vonk はオランウータン、Beran はチンパンジーの数量認識研究で有名でした。

実験の舞台は、米国オハイオ州の 「Bear Hollow Wildlife Trail」という動物保護施設。 ここで飼育されている アメリカクロクマ 3 頭(Brutus、Bella、Dusty)が 被験者として協力しました。

被験者を選ぶには、まずクマたちが タッチスクリーンを操作できるよう訓練する必要があります。 鼻先でガラスに触れると報酬が出る、という単純な仕組みを覚えてもらうのに数週間。 この訓練を完了できたのは 3 頭の中の 1 頭、Brutus(推定 16 歳の雄)が中心でした。

クマに何を見せ、何を選ばせたか

Brutus のタッチスクリーンには、毎回 2 つの図形が表示されました。 例えばこんな組み合わせ。

  • ● ● vs ● ● ● ● ● (ドット 2 個と 5 個)
  • ■ ■ ■ vs ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ (3 個と 8 個)
  • ★ ★ ★ ★ ★ ★ vs ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ (6 個と 10 個)

Brutus は「多い方を選ぶ」ことを徐々に学習しました。 正解すれば食べ物の報酬、不正解なら次の問題。これを 1 日数十回、数週間繰り返しました。

さらに研究者たちは、より難しい条件を加えました。

  • サイズが異なるドット: 「大きい 2 個」vs「小さい 5 個」(数 vs サイズの分離)
  • 動くドット: ドットが画面上で動き、瞬時にカウントが必要
  • 近い数の比較: 6 vs 7、8 vs 9(差が小さい判別)
  • 逆順での学習: 一度「少ない方を選ぶ」と教え直してから再テスト

結果 — サル並みの正答率

Brutus と他のクマ 2 頭の正答率は次の通りでした。

課題正答率
差が大きい(例: 2 vs 8)90%+
中程度の差(例: 4 vs 7)75%+
小さい差(例: 6 vs 7)60〜70%
動くドット70%+

これは チンパンジー・オランウータン・ネズミ・イルカなどの過去の実験結果と比較しても遜色なく、 哺乳類全般の中で 「上位グループに匹敵する数量認識能力」を示すものでした。

特に驚いたのが、動くドットの認識。これは「数量を瞬時に推定」する高度な認知が必要で、 ヒトの幼児や霊長類でも難しい課題です。クマはこれを 70% 以上で正解していました。

数だけでなく「面積」も理解

実験ではさらに、「数」と「総面積」の関係も検証されました。

例えば「大きいドット 2 個(総面積大)」と「小さいドット 5 個(総面積小)」を見せたとき、 クマが選ぶのは「数の多い 5 個」なのか「面積の大きい 2 個」なのか。

結果、クマは 「数」と「面積」を別の概念として識別できることが分かりました。 指示によって「数を比べる」「面積を比べる」を切り替えることが可能だった、というのは 動物認知としては非常に高度な能力です。

学習が新しい問題にも応用される

もう一つの重要な発見が 「転移学習」

ドットで「多い方を選ぶ」を学んだクマに、次にバナナの絵・木の絵・幾何学模様で同じ課題を出すと、初見の図形でも正解できる。これは「数量という抽象概念」を理解していることを示します。

「ドットの多さ」を覚えただけのクマなら、別の絵では使えないはず。 でも実際には、Brutus は 「目の前にある『個数』という概念」自体を内在化していました。

クマの認知能力、想像以上に高い

Vonk & Beran の研究の意義は、単に「クマが数を理解した」ことだけではありません。クマの認知能力の枠組みを、霊長類学の延長線上に位置づけられたことです。

現在のクマ認知研究では、Vonk & Beran 2012 以降に次の能力も確認されています。

  • 因果推論: 「これを動かすとこうなる」という因果関係の理解
  • 道具使用: 北米のヒグマで石を使ったセルフグルーミングが観察
  • 長期記憶: 数年単位で「食物がある場所」「危険な場所」を覚える
  • 社会的学習: 母から子へ「街での生き方」が伝わる( Vol.2 参照
  • 個体識別: 他のクマ・人間・特定の場所を識別

野生で、この知能はどう発揮されるか

飼育下の実験結果が、野生でどう活きるか。それを観察すると、クマの知能の真の意味が見えてきます。

① 食物源の記憶

クマは 「去年、あそこの果樹が美味しかった」を 1 年以上覚えています。 翌年同じシーズンに同じ場所に現れる事例は、野外調査で頻繁に観察されます。

② 「人がいない時間」の学習

Vol.2 で見た都市型クマの夜行性化( Beckmann 2003)は、「いつ人がいないか」を学習した結果です。 単純な本能では、これだけ精緻な行動シフトはあり得ません。

③ 電気柵の「弱点」探索

Vol.7( Huygens 2001)で見たように、電気柵の 角や出入口の死角を探すクマが報告されています。 これは試行錯誤での問題解決能力を示します。

④ 「危険なクマ」になる学習過程

OSO18 のように 「人を恐れず畜舎を襲う」個体は、複数回の試行で 徐々に「家畜を襲う = 楽な食料」という認知を獲得していきます。 これは数量理解と同じく、抽象化された学習の一つです。

「学習するクマ」の脅威 — 都市型化の認知基盤

Vonk & Beran 論文の重要な含意は、現代の 「都市型クマ問題」の根本に クマの認知能力があるという点。

都市型クマがゴミ箱を漁る、ペットフードを探す、養蜂場を狙う、これらは全て「概念の理解と学習」を前提とした行動です。 単なる嗅覚やランダム行動ではなく、クマは 「ここに来れば何があるか」を 論理的に予測しているのです。

さらに恐ろしいのは、この能力が 世代を超えて伝わること。 母グマが「街で生き延びる方法」を子グマに教えるのは、子グマがその知識を吸収する認知能力を持っているからです。

だから「誘引物管理」を中途半端にやると逆効果。クマは 「半分の確率で食物がある」と学習し、より粘り強く街に通うようになります。やるなら徹底、です。

日本のツキノワグマでも同じか

日本のツキノワグマでも、認知能力の高さは多くの状況で観察されています。

  • 長野県のリンゴ農家が「同じクマが毎年同じ時期に同じ畑に来る」と報告
  • 秋田・盛岡の住宅地で「夜の決まった時間にゴミ集積所を漁る」個体
  • 学校近くの果樹林で「子供がいない時間帯を選んで採餌」する事例
  • 軽井沢のベアドッグ事業で「追払いを経験した個体は再度近づかない」効果

ツキノワグマは体格こそアメリカクロクマより小さいですが、認知能力は同等以上である可能性が高い、 と推測する研究者は少なくありません。実験的検証はまだ不十分ですが、現場の観察事例が裏付けつつあります。

賢いと知ったら、私たちはどう向き合うか

「クマは賢い」と知ることは、私たち人間の対応にも責任を要求します。

知能の高い動物への対応は、本能で動く動物への対応とは違うべきだ、というのが 多くの動物倫理学者の見解です。クマは「学習する存在」だからこそ、 私たちは 「教えない」選択ができる。

  • ゴミを徹底管理することは、クマに「街には食物がない」と教えること
  • 電気柵を一度設置することは、クマに「ここは痛い場所」と教えること
  • ベアドッグの追払いは、クマに「ここは怖い場所」と教えること
  • 逆に放置・中途半端な対応は、クマに「ここは食べ物がある場所」と教えること

クマの知能を侮ることが、結果的に クマと人の双方を不幸にする。 Vonk & Beran の論文を読み終えて、改めてそう感じます。

関連記事として クマの学習と記憶 Vol.2 都市型クマの夜行性化も合わせてご覧ください。

参考文献

  1. Bears 'count' too: quantity estimation and comparison in black bears, Ursus americanus(本号メイン)
    Vonk, J., & Beran, M. J. (2012). Animal Behaviour 84(1): 231–238.
    DOI: 10.1016/j.anbehav.2012.05.001 →
  2. Levels of abstraction in orangutan (Pongo pygmaeus) and human cognition
    Vonk, J., & MacDonald, S. E. (2002). Animal Cognition 5(4): 225–238.
  3. Recent advances in bear behavior and cognition research
    Stirling, I., & Derocher, A. E. (2020). Annual Review of Ecology, Evolution, and Systematics.

※ 本記事の解釈は獣医工学ラボ編集部の責任において行ったもので、原著者の主張を完全に再現したものではありません。 学術的に厳密な議論が必要な場合は必ず原典をご参照ください。本シリーズへのご意見・取り上げてほしい論文のご要望は 運営情報のお問い合わせ先まで。

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この記事は KumaWatch 編集部が執筆しました。実際のクマ対策にあたっては、各自治体の最新情報・専門家の指示・現地ガイドの判断にも従ってください。