クマ研究ダイジェスト Vol.24 — クマの冬眠巣穴は「人がいない場所」で選ばれる。Linnell 2000 — 記事ヒーロー画像
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公開: 2026年5月20日5

晩秋、クマは 「冬の家」を探します。 次の春まで 5 ヶ月間こもる場所、出産・子育てまで行う場所、自分の命を預ける場所。 どこを選ぶかで、生死が分かれます。

ノルウェーとスウェーデンの研究チームが、ヒグマの巣穴 100 か所以上を実測し、 クマがどんな基準で「冬の家」を選んでいるかを解析しました。 その結果は、人クマの距離関係について重要な示唆を与えるものでした。

今号で読み解く 1 本の論文
How vulnerable are denning bears to disturbance?
Linnell, J. D. C., Swenson, J. E., Andersen, R., & Barnes, B. (2000). Wildlife Society Bulletin 28(2): 400–413.
JSTOR で見る →
時間がない人向けの 3 行
  • 北欧の 100 か所超のヒグマ巣穴を測定し人家・道路との距離を分析
  • クマは 人家から平均 2 km 以上、道路から 200m 以上離れた場所を選ぶ
  • 撹乱で 巣穴放棄すると母グマと仔が危険にさらされる

クマにとっての「家選び」

クマの冬眠は、Vol.8( Tøien 2011)と Vol.16( Sommer 2016)で見たように、生理学的に極めて精密な現象です。 この 5 ヶ月間を生き延びるには、適切な 「冬眠地(den site)」が必要不可欠です。

巣穴は単なる寝場所ではありません。気温・湿度を一定に保ち、捕食者から身を隠し、 母グマの場合は 「出産と子育ての場」にもなります。 間違った選択は、文字通り命取りになる。

では、クマはどんな基準で巣穴を選ぶのか? 野生動物の習性として極めて重要なこの問いに、Linnell らが初めて系統的な答えを出しました。

スカンジナビアン・ベア・プロジェクト

研究の舞台は、Vol.4( 気候変動と冬眠)でも登場した 「スカンジナビアン・ベア・プロジェクト(SBBRP)」。 スウェーデン中部とノルウェー南東部のヒグマを長期追跡している、欧州最大のクマ研究プロジェクトです。

筆頭著者の John Linnell(ノルウェー自然研究所、Vol.9 でも登場)は、 食肉目の管理研究の世界的権威。 この論文では、SBBRP が蓄積した 1985〜1999 年の 100 か所以上の巣穴データを体系的に解析しました。

100 巣穴の現地踏査

GPS テレメトリーでクマの位置をフォローし、巣穴と確認された地点を 1 つずつ 現地踏査。 次のデータを記録しました。

  • 🏞️ 地形: 標高・斜面の方向・傾斜・地質
  • 🌳 植生: 周囲の樹種・被覆度
  • 🏠 人家との距離: 最も近い人家まで何 m か
  • 🛣️ 道路との距離: 主要道路・林道・歩道との距離
  • 🎿 レクリエーション施設との距離: スキー場・キャンプ場・登山道
  • 📏 巣穴の物理的特性: サイズ・形状・出入口の向き
  • 🐻 使用パターン: 単独 vs 母子、初冬眠 vs 再利用

積雪期に GPS で巣穴位置を特定し、雪解け後(5〜6 月)に研究者が 徒歩で現地に到達して測定する地道な作業を 15 年続けたデータでした。

クマが選ぶ巣穴の条件

分析の結果、ヒグマは 明確な選好を持って巣穴を選んでいることが分かりました。

地形・植生

  • ⛰️ 標高 600〜900m(中標高山地)
  • 🧭 北向き〜東向きの斜面(雪が長期間保持される)
  • 📐 斜面傾斜 30〜45°(巣穴の天井が安定)
  • 🌲 針葉樹林の被覆(視覚的な遮蔽)
  • 🏚️ 岩盤の窪み・倒木の下(自然の構造物を利用)

物理的特性

  • 🚪 出入口は狭く(外気の流入を最小化)
  • 🏞️ 奥行きは 2〜3m(体を完全に入れて方向転換できる)
  • ⬇️ 下向き斜面(雨水が侵入しない)
  • 🌿 内側に枝・草の寝床(断熱材としてクマ自身が運び込む)

人家・道路からどれだけ離れるか

本論文の最も重要な発見が、「人間活動との距離」でした。

人間活動巣穴までの平均距離最低距離
人家2.4 km300 m
主要道路1.2 km200 m
林道350 m50 m
スキー場5.0 km1.5 km

クマは「人がいる場所から離れた」場所を明確に選んでいました。 この選択は 偶然ではなく統計的に有意。 近隣の利用可能な場所と比較すると、クマは 明らかに人家・道路を避けて巣穴を作っていました。

この知見は、後の野生動物保護政策において 「クマの巣穴周辺の保護バッファ」を 定める根拠となりました。

撹乱されたクマはどうなるか

では、もし冬眠中のクマが 人間に発見・撹乱されたらどうなるか。 Linnell らは過去のデータから、撹乱されたクマの行動を解析しました。

  • 🏃 巣穴を放棄: 35% が 新しい巣穴を探す
  • 😨 冬眠中断・覚醒: 真冬に活動を始め、エネルギーを消耗
  • 👶 仔グマの放棄: 母グマが仔を残して逃げる → 仔が死亡
  • ⚠️ 人への攻撃: 巣穴近くを侵入されると母グマは即攻撃
  • ❄️ 新巣穴で生存リスク: 真冬に新巣穴を作る余裕はなく、簡素な仮巣穴で過ごす

最も深刻なのが 「母グマの仔グマ放棄」。 母グマがパニックで巣穴を離れた場合、生まれて間もない仔(生後 1〜3 ヶ月)が1 時間ほどで凍死します。これは保全的に非常に深刻な事態。

母グマと仔の特別な脆弱性

Linnell らは、特に 母グマ + 仔グマの巣穴での撹乱リスクが大きいことを強調しました。

  • 母グマは仔を守るために 攻撃的になる(人身被害リスク)
  • 仔は 低体温・低栄養に極めて弱い
  • 一度母から離れた仔の生存率は ほぼゼロ
  • 母も冬眠中の体力消耗で 春までに死亡するリスク

このため、北米・北欧の野生動物管理機関は、「冬眠中のクマと巣穴は最大限保護」という原則を確立しています。これは Vol.23( 仔グマ生存率)の研究と整合的で、人為要因が母子に与えるダメージの大きさを物語ります。

スキー場・林業活動との衝突

北欧・北米では、「冬期のレクリエーション・林業活動」とクマ巣穴の衝突が 実際の問題になっています。

  • 🎿 スキー場拡張: 新しいリフト・コース建設で巣穴が破壊される事案
  • 🏂 バックカントリースキー: スキーヤーが巣穴の上を滑り、クマを驚かせる
  • 🌲 冬期林業: 雪深い時期の伐採作業で巣穴を発見・破壊
  • ❄️ スノーモービル: 振動・音でクマを覚醒させる

Linnell ら 2000 以降、これらの活動については 「クマ巣穴回避ガイドライン」が 整備されるようになりました。スウェーデン・ノルウェーでは、林業・観光業者に対し「冬期は既知の巣穴から 500m 以上離れる」といった指針が公布されています。

日本のクマの巣穴選定

日本のヒグマ(北海道)・ツキノワグマ(本州)も、巣穴選定の基本パターンは同じです。

ヒグマ(北海道)

  • 標高 500〜1,000m の中標高山地
  • 北向き〜東向きの斜面
  • 倒木の下・岩盤の窪み
  • 人家から平均 1〜3 km

ツキノワグマ(本州)

  • 標高 500〜1,500m の山岳地帯
  • 樹洞・岩盤の窪み・倒木の下
  • 人家から平均 0.5〜2 km

日本では 「天然の樹洞」を巣穴として利用するツキノワグマが多いのが特徴です。 大木の中の空洞、太い枝の分かれ目、岩棚など、自然の構造物を巧みに利用します。 日本のクマの巣穴に関する研究は クマの冬眠にもまとめています。

冬期の登山・スノーシューでの配慮

本論文の知見を踏まえ、冬期の山岳活動では次の配慮が推奨されます。

  1. 「冬は安全」と決めつけない — Vol.4( 気候変動と冬眠)で見たように、近年は冬眠しない個体も増えています。
  2. 巣穴と思われる場所には近づかない — 雪面に「クマが入った穴」を見つけても、 覗き込んだり、雪の上を歩いて近くを通ったりしない。
  3. 母子グマの巣穴近くで撹乱しない — 春先(3〜4 月)の覚醒期は特に注意。 仔連れの母グマと遭遇すれば最も危険な状況の一つです。
  4. 冬期の山岳活動でも基本装備を — 冬眠していないクマや、覚醒間際のクマと遭遇する可能性があります。 スプレー・ホーン・複数人行動が基本。

参考文献

  1. How vulnerable are denning bears to disturbance?(本号メイン)
    Linnell, J. D. C., et al. (2000). Wildlife Society Bulletin 28(2): 400–413.
  2. Variation in brown bear (Ursus arctos) den site characteristics
    Manchi, S., & Swenson, J. E. (2005). Ursus 16(2): 145–155.
  3. Scandinavian Brown Bear Research Project(プロジェクト公式)
    scandinavianbearproject.org →

※ 本記事の解釈は獣医工学ラボ編集部の責任において行ったもので、原著者の主張を完全に再現したものではありません。 学術的に厳密な議論が必要な場合は必ず原典をご参照ください。本シリーズへのご意見・取り上げてほしい論文のご要望は 運営情報のお問い合わせ先まで。

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この記事は KumaWatch 編集部が執筆しました。実際のクマ対策にあたっては、各自治体の最新情報・専門家の指示・現地ガイドの判断にも従ってください。