クマ研究ダイジェスト Vol.25 — クマは「12 種類の声」で語る。クマ音響コミュニケーション研究 — 記事ヒーロー画像
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公開: 2026年5月20日5

映画やアニメで描かれるクマは、たいてい 「ガオー!」と吠えています。 でも、実際のクマがそんな大声を出すのは めったにありません

クマは 静かな動物ですが、無口ではない。ドイツの動物行動学者 Gustav Peters は、 1980 年代に世界中の動物園・野生のクマを観察し、12 種類以上の異なる音声を体系的に 分類しました。子グマの泣き声、母の優しい呼びかけ、求愛のゴロゴロ音 — クマの声の世界を解読します。

今号で読み解く論文群
① The acoustic communication in bears (Ursidae)
Peters, G. (1984). Acta Zoologica Fennica 171: 11–24.
② Vocal repertoire of brown bear cubs
Wiebe, J. P., & Bunnell, F. L. (1983). Bears: Their Biology and Management.
時間がない人向けの 3 行
  • クマは 12 種類以上の鳴き声を状況に応じて使い分ける
  • 母子の鳴き交わしから求愛、警告まで 意味のある通信
  • 近年は AI 音響識別で野生クマのモニタリングに応用も

「クマはガオーと吠える」は誤解

映画・アニメ・絵本で描かれるクマは、必ず 「ガオー!」と大声で吠えます。 でも、現実のクマの観察記録を見ると、これは 例外的な行動です。

野生のクマと長年付き合ってきたレンジャー・研究者・写真家は、口を揃えて言います。 「実際のクマは、ほとんど無音に近い」。 森の中を歩いていても、クマの足音や呼吸音すら聞こえないことが多い。

ただし、クマが 「無口な動物」かというと、それも間違い。 観察を続けていると、状況に応じて 多種類の音声を使い分けていることが分かります。 その全体像を初めて系統的に整理したのが、Peters 1984 の論文でした。

Peters の体系的分類

ドイツの動物行動学者 Gustav Peters は、1970〜80 年代にかけて欧米の動物園・野生現場で クマ科の動物を観察。各種の音声を スペクトログラム(音響解析グラフ)で 詳細に分析しました。

対象は クマ科 8 種すべて(ヒグマ・クロクマ・ツキノワグマ・ナマケグマ・メガネグマ・ マレーグマ・ホッキョクグマ・ジャイアントパンダ)。世界中の動物園から音声録音を集め、 音響学的特徴と発生時の行動文脈を結びつける、地道で壮大な研究でした。

この論文は今もなお、クマの音声研究の 基礎文献として引用され続けています。

12 種類の音声カテゴリー

Peters らは、クマの音声を機能的に 12 種類以上に分類しました。 以下、主要なものを整理します。

音声タイプ発生状況意味
ハミング(ハミング音)授乳中の子グマ満足・安心
高音の鳴き声空腹・迷子の子グマ救援要請
母グマのうなり子を呼ぶ時「こっちに来なさい」
ゴロゴロ(喉音)繁殖期の雄求愛・自己アピール
フー息警戒・不快「近づくな」
顎打ち音威嚇攻撃寸前
舌打ち遭遇直前驚き・興奮
咆哮(ガオー)闘争時本気の攻撃前

この他にも、軽い喉鳴り・地面叩き音・パンチング音など、行動と組合せた 「マルチモーダル通信」を行っていることが報告されています。

子グマの「ハミング」と「泣き声」

最も特徴的なのが、子グマの音声です。

ハミング音

母乳を飲んでいる時に子グマが出す 「ンー、ンー」という低く連続した音。 満足・安心を表すこの音は、人間の赤ちゃんの鳴き声とも類似性があり、 母グマには 授乳成功の信号として伝わります。

ハミングは 「クマの感情的な声」として、世界中の動物園で日常的に観察される、 最も愛らしい音の一つです。

高音の泣き声

子グマが空腹・迷子・不安を感じた時に出す 高音の「ピー」「ヤー」という鳴き声。 遠くの母グマにも届くよう、人間の赤ちゃんの泣き声と同様、耳に残る周波数特性を持っています。

野生のクマが子を連れている時、子グマがこの泣き声を出すと 母グマは即座に駆けつけて強い防衛反応を取ります。子グマの泣き声を聞いたら、登山者は 直ちに距離を取る必要があります。

母グマの呼び戻し・警告

母グマが子グマに発する音声も、複数のパターンがあります。

  • 🐻‍❄️ 低音のうなり: 子を呼び戻す「こっちに来なさい」
  • 📣 鋭いウー音: 危険を察知した「動くな・隠れろ」
  • 🛑 長いフー息: 子に「離れろ・登れ」(侵入者から逃がす指示)
  • 🤝 柔らかいハミング: 子に「大丈夫、安心しなさい」

これらは 人間が観察しても聞き取れる範囲の音。 登山中に 「クマのうなり声」を聞いた場合、それが母子コミュニケーションである可能性を 考慮すべきです。母グマと子グマが分離している危険な状況の可能性もあります。

求愛時の「ゴロゴロ」音

繁殖期(5〜7 月)の 雄ヒグマは、雌に求愛する際に特殊な音を出します。

「ゴロゴロ」「ンゴ、ンゴ」と低い喉音で長時間続けるこの音は、人間の耳には地響きのように聞こえることもあります。

Peters らの分析では、この音は 「自分の体格と健康をアピール」する機能を持ち、 雌は音の質から雄の 適齢度を推定していると考えられています。

この音は登山者にとっては 「成獣雄の存在の警告サイン」。 繁殖期の雄は普段以上に活動的で、人との接触リスクも上がります。Vol.12( クロクマ致命的襲撃)で見たように、致命的襲撃の 88% が「単独成獣雄」であることとも整合します。

警告と威嚇 — 危険信号

実際の遭遇場面で最も重要なのが、警告・威嚇の音です。

段階 1: フー息(huff)

「フッ!フッ!」と短い呼気を勢いよく鼻から出す。 「近づくな・引き返せ」の最初の警告。この時点で離れれば、クマは攻撃に移行しません。

段階 2: 顎打ち音(jaw popping / jaw snapping)

「カチカチ・パン・パン」と歯を鳴らす音。これは 攻撃寸前の威嚇。 体勢を低くし、後ろ足で立つこともあります。すぐに退避が必要。

段階 3: 咆哮(roar)

映画でおなじみの 「ガオー!」。 これが出るのは 戦闘時か、極度の興奮時のみ。日常では稀ですが、 この音を直接聞いた場合は 即座に防衛準備(スプレー用意)が必要。

重要なのは、これらの警告音は 「クマからの最後通牒」であり、 無視すれば確実に攻撃に移行する、ということです。

AI 音響識別への応用

2010 年代以降、機械学習でクマの音声を自動識別する研究が進んでいます。

  • 🎤 森にマイクを設置し、24 時間音声を録音
  • 🤖 ディープラーニングで「クマ音声」と「他の動物・自然音」を分類
  • 📊 個体数・行動パターンの自動推定
  • 🚨 市街地侵入の早期警報システム

Vol.3( AI 顔認識)の音声版とも言える展開で、近未来のクマモニタリングを変える可能性があります。 KumaWatch を運営する獣医工学ラボでも、関連研究を進めています( クマ検知 AI とはを参照)。

日本のクマの音声研究

日本でも、ヒグマ・ツキノワグマの音声研究が進められています。

  • 🏔️ 北海道大学・京都大学での野生ヒグマ音声録音プロジェクト
  • 🎓 東京農業大学のツキノワグマ動物園音声記録
  • 🌐 軽井沢ピッキオでのベアドッグ訓練に音声を活用
  • 🎙️ 市民録音プロジェクト: 山中での音声記録の共有が始まりつつある

日本のクマも、Peters らの分類に当てはまる音声パターンを持つことが確認されています。 ただし、ツキノワグマは ヒグマより小型で、音声の周波数特性も やや高めという報告があります。

遭遇時のクマの声を理解する

登山中にクマと遭遇した場合、音を聞いて状況判断する能力は命を守ります。

  1. 子グマの泣き声 → 即退避: 母グマが必ず近くにいる。最も危険な状況の一つ。
  2. 母グマのうなり声 → 距離を取る: 子の存在を警告している。後退して回避。
  3. フー息 → 直ちに退避: クマからの最初の警告。無視すれば攻撃。
  4. 顎打ち音 → 防衛準備: 攻撃直前のサイン。スプレー用意、低姿勢で後退。
  5. 咆哮 → 防衛行動: 戦闘モード。プレイデッドかスプレー、種別判断を即座に (Vol.12 参照)。

詳細な遭遇対処は クマに遭遇したらどうする クマ同士のコミュニケーションを参照してください。

参考文献

  1. The acoustic communication in bears (Ursidae)(本号メイン①)
    Peters, G. (1984). Acta Zoologica Fennica 171: 11–24.
  2. Vocal repertoire of brown bears
    Wiebe, J. P. (1983). University of Calgary thesis.
  3. Passive acoustic monitoring for large carnivores
    Stenset, N. E., et al. (2016). Wildlife Biology.

※ 本記事の解釈は獣医工学ラボ編集部の責任において行ったもので、原著者の主張を完全に再現したものではありません。 学術的に厳密な議論が必要な場合は必ず原典をご参照ください。本シリーズへのご意見・取り上げてほしい論文のご要望は 運営情報のお問い合わせ先まで。

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この記事は KumaWatch 編集部が執筆しました。実際のクマ対策にあたっては、各自治体の最新情報・専門家の指示・現地ガイドの判断にも従ってください。