クマ研究ダイジェスト Vol.26 — クマはアザラシ 1 頭で 1.5 ヶ月生きる。Pagano 2018 Science — 記事ヒーロー画像
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公開: 2026年5月20日5

北極のホッキョクグマに、小型カメラと加速度センサーを装着する。 そんなクマ目線の研究が、2018 年に Science 誌に掲載されました。

11 日間の連続記録から見えてきたのは、ホッキョクグマの 「予想外に高いエネルギー消費」。 従来の想定より 50% も多くエネルギーを使っていたのです。 温暖化で氷が減るなか、これは何を意味するのか?

今号で読み解く 1 本の論文
High-energy, high-fat lifestyle challenges an Arctic apex predator, the polar bear
Pagano, A. M., Durner, G. M., Rode, K. D., et al. (2018). Science 359(6375): 568–572.
DOI: 10.1126/science.aan8677 →
時間がない人向けの 3 行
  • ホッキョクグマ 9 頭にカメラ + 加速度センサー + 同位体追跡で 11 日間記録
  • 消費エネルギーは予想の 1.5 倍、生存にはアザラシ 2 ヶ月毎に 1 頭以上必要
  • 気候変動による氷の縮小で 狩猟効率が下がり、種としての将来が危ぶまれる

「クマがどれだけ食うか」を測ることの難しさ

動物の 「1 日に必要なカロリー」を野外で正確に測るのは、極めて難しい問題でした。

動物園や実験室なら、餌の量を計量して測れます。でも野生では、いつ何を食べているかも分からない。 ましてやホッキョクグマのような 北極の頂点捕食者を追いかけて、 食事と運動の全てを記録するのは これまで不可能と思われていました。

この壁を初めて突破したのが、米国地質調査所(USGS)の Anthony Pagano率いる研究チーム。 2018 年に Science 誌に掲載された彼らの研究は、ホッキョクグマのエネルギー収支を 初めて野外で精密測定した画期的な成果でした。

クマ目線のカメラ + センサーで判明

Pagano らが使った技術は、当時最先端のものを組み合わせたものでした。

  • 📹 クマ目線の HD カメラ: 首輪に装着、何を食べたか・どこを歩いたかを記録
  • 📊 加速度センサー: 歩行・走行・水泳・休息を毎秒記録
  • 🌐 GPS テレメトリー: 位置と移動距離を追跡
  • 🧪 同位体ラベル水(doubly labeled water): 摂取と排泄の同位体差からエネルギー消費を計算
  • ⚖️ 体重測定: 開始時と終了時を比較

この組合せにより、「実際の運動量・体内代謝・食事内容・体重変化」を 統合的に測ることが初めて可能になりました。

9 頭のホッキョクグマで 11 日間

対象は、北極アラスカの ボーフォート海に生息する ホッキョクグマ 9 頭の雌成獣。 2014〜2016 年の春期(4 月)に捕獲し、上記の装備を装着。11 日間の連続記録の後、 再捕獲して機材を回収・体重を測定。

4 月を選んだ理由は明確です。これはホッキョクグマの 「最重要食事シーズン」。 ホッキョクグマの主食は アザラシで、氷の上で狩りをします。氷が広がる 4 月は アザラシ捕獲に最も適した季節です。

ここで上手く食べないと、夏期の氷消失期を生き延びられない。 9 頭がそれぞれ何を、いつ、どれだけ捕って食べたか、そして体重がどう変化したかを記録しました。

結果 — 予想を大きく超えるエネルギー消費

分析の結果、ホッキョクグマの 1 日のエネルギー消費は予想を大きく上回りました。

指標従来の予想Pagano 実測値
基礎代謝率~8,500 kcal/日~12,300 kcal/日
予想との比×1.0×1.5
運動量(1 日)~50 kcal/kg~80 kcal/kg

平均体重 175kg のホッキョクグマが 1 日 12,000kcal 以上を消費していました。 これは人間(成人)の 5 倍以上。 従来は同じ大型ネコ科動物のデータから 1.0 倍と推定されていましたが、 実測ではそれを 50% も上回っていたのです。

理由は、ホッキョクグマが 「歩く・泳ぐ・氷を渡る」動作で 想像以上にエネルギーを使っていたから。氷の上を 1 日 30〜40 km 歩くこともあり、 その大半が食物探しの「無駄足」になっていることも明らかになりました。

アザラシ 1 頭で何日生きられるか

では、これだけのエネルギーをどうやって賄うのか。答えは 「アザラシ」

アザラシ 1 頭(体重 30〜100kg)の脂肪・タンパク質含有量から、含まれるカロリーを計算すると:

  • 🦭 小型のフトワモンアザラシ(30kg): 約 180,000 kcal
  • 🦭 標準的なワモンアザラシ(50kg): 約 300,000 kcal
  • 🦭 大型のヒモアザラシ(100kg): 約 600,000 kcal

1 日 12,000 kcal を必要とするホッキョクグマは、標準的なアザラシ 1 頭で約 25 日生きられる計算。逆に言うと、2 ヶ月毎にアザラシを 1 頭以上は確実に捕る必要があります。

Pagano らの研究では、観察期間中に 「アザラシを 1 頭以上捕った個体」「捕れなかった個体」で体重変化が明確に分かれました。

9 頭中 5 頭が体重減少 — 飢餓の現実

最も衝撃的だったのは、観察期間 11 日間で 9 頭中 5 頭が体重を減らしたこと。

アザラシ捕獲状況11 日間の体重変化
1 頭以上捕獲(4 頭)+2〜+5%
捕獲ゼロ(5 頭)−3〜−10%

春期の 「最重要食事シーズン」で、半数以上が 体重を減らしていた。 これは将来の 夏期氷消失時の死亡リスクに直結します。

Pagano らは、これを「ホッキョクグマの食糧危機の早期警報」と表現しました。

気候変動が決定的なリスク要因

ホッキョクグマの狩りには 「氷」が不可欠です。氷の上で待ち伏せ、 浮上したアザラシを捕獲する。氷がなければ、効率的な狩りができません。

現在、北極の海氷は 毎年 13% ずつ縮小しているとされます。 ホッキョクグマの主要狩猟期間(春〜夏)の氷被覆も急速に減少しており、 従来の狩猟方法が 機能しなくなりつつある状況です。

Pagano らの発見した 「1.5 倍のエネルギー消費」を組み合わせると、 ホッキョクグマの生存方程式は次のようになります。

「消費エネルギーが想定の 1.5 倍」 × 「氷縮小で狩猟効率半減」 = 生存崩壊

これはホッキョクグマが、種としての 「臨界点」に近づいていることを示唆します。 Vol.15( クマ進化)で見たように、ホッキョクグマは 「最近のヒグマ」として 35〜48 万年前に分岐し、 氷河期環境に高度に特化しました。その特化が、温暖化下では 致命的な脆弱性になりつつあります。

ヒグマ・ツキノワグマへの示唆

本研究はホッキョクグマが対象ですが、知見は ヒグマ・ツキノワグマにも応用できます。

① ヒグマも予想以上にエネルギーを使う可能性

ヒグマも GPS 追跡で 1 日 20〜50 km歩くことが知られています。 Pagano らの方法を応用すれば、ヒグマの実際のエネルギー消費が判明し、 従来の 「ハイパーフェイジア期に必要なカロリー」の推定が更新される可能性があります。

② 食物減少の影響は想像以上に大きい

ブナ・ナラ凶作年に 「クマがどれだけ困窮するか」は、これまで推測でした。 Pagano らの手法を本州のツキノワグマに応用すれば、凶作年の 体重損失・繁殖低下の定量化が可能になります。

③ 「冬眠しないクマ」のエネルギー収支

Vol.4( 気候変動と冬眠)で見た「冬眠期間短縮」と組み合わせると、温暖化下のクマは年間のエネルギー予算が厳しくなる可能性があります。

ホッキョクグマの将来は?

Pagano らの研究は、ホッキョクグマの将来について 厳しい予測を示唆しています。

  • 🌍 IPCC の温暖化シナリオでは、2050 年までに 北極海氷の夏期消失がほぼ確実
  • 🐻‍❄️ アラスカ・北極の個体群は 2050 年までに 30〜50% 減少と予測
  • 🔄 一部の個体群は陸地への 「ヒグマ化」(陸上採餌・植物食化)も観察される
  • 🧬 Vol.15 で見た 「ヒグマとの交雑(グロラベア)」増加の可能性

野生のホッキョクグマが、22 世紀には 「種としての形を失う」可能性が 生物学者たちから真剣に議論されています。

ホッキョクグマだけでなく、温暖化はクマ科全体の生態に影響を及ぼし続けるでしょう。 詳細は Vol.4 気候変動と冬眠 Vol.15 クマ進化も併読してください。

参考文献

  1. High-energy, high-fat lifestyle challenges an Arctic apex predator, the polar bear(本号メイン)
    Pagano, A. M., Durner, G. M., Rode, K. D., et al. (2018). Science 359(6375): 568–572.
    DOI: 10.1126/science.aan8677 →
  2. Behavior and energetics of polar bears
    Pagano, A. M., et al. (2020). Journal of Experimental Biology.
  3. USGS Polar Bear Research
    USGS →

※ 本記事の解釈は獣医工学ラボ編集部の責任において行ったもので、原著者の主張を完全に再現したものではありません。 学術的に厳密な議論が必要な場合は必ず原典をご参照ください。本シリーズへのご意見・取り上げてほしい論文のご要望は 運営情報のお問い合わせ先まで。

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この記事は KumaWatch 編集部が執筆しました。実際のクマ対策にあたっては、各自治体の最新情報・専門家の指示・現地ガイドの判断にも従ってください。