クマ研究ダイジェスト Vol.6 — クマは「カロリー」より「栄養バランス」で食を選ぶ。Erlenbach 2014 — 記事ヒーロー画像
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公開: 2026年5月20日5

「クマは雑食性で、何でも食べる」 — これは間違いではないけれど、不正確な表現です。

ワシントン州立大学のクマ研究センターで行われたある実験で、研究者たちはヒグマたちに「好きなだけ何でも食べていい」状況を用意しました。 その時、クマたちが見せた選択行動は、私たちの常識を覆すものでした。

今号で読み解く 1 本の論文
Macronutrient optimization and energy maximization determine diets of brown bears
Erlenbach, J. A., Rode, K. D., Raubenheimer, D., & Robbins, C. T. (2014). Journal of Mammalogy 95(1): 160–168.
DOI: 10.1644/13-MAMM-A-161.1 →
時間がない人向けの 3 行
  • ヒグマは カロリーではなく「栄養バランス」を最適化して食を選ぶ
  • 選ばれる比率は タンパク 17% / 脂質 + 炭水化物 83%に集中
  • 秋のクマが市街地で柿・果樹を狙う理由はここにある(高炭水化物・低タンパク食)

「クマは何でも食べる」の落とし穴

野生動物の教科書で、クマはたいてい「雑食性」と紹介されます。 実際、クマは植物の根・果実・草・昆虫・魚・哺乳類の死骸・蜂蜜・キノコ・人工食まで、ほぼ何でも食べます。

でも、「食べる」と「好んで選ぶ」は別の話。

「目の前にある食物の中で、何を、どれだけ食べるか」を選ぶときには、 クマには明確な「戦略」があります。それを定量的に示したのが本論文です。

ワシントンのクマ研究施設で何が起きたか

ワシントン州立大学(WSU)プルマン校には、世界でも珍しい「クマ研究施設」があります。広さ約 8,000 ㎡の敷地に、 ヒグマとアメリカクロクマを 長期飼育している、本格的な実験施設です。

ここを率いてきたのが Charles T. Robbins 博士。 野生動物栄養学の世界的権威で、40 年以上にわたってクマの食性研究を行ってきました。 本論文の Erlenbach は、彼の研究室の博士課程学生(当時)です。

この施設の特徴は、「クマが自分で食べ物を選べる」環境を再現できること。 野生では難しい統制された実験条件下で、クマの「真の選好」を測れるのです。

「自由選択餌」実験のセットアップ

Erlenbach らは、ヒグマ 5 個体に対し、次のような実験を行いました。

  • 3 種類の餌を同時に提供:
    • 🥩 サーモン肉(高タンパク・高脂質・低炭水化物)
    • 🥩 赤身肉(高タンパク・低脂質・低炭水化物)
    • 🍎 リンゴ + 蜂蜜(低タンパク・低脂質・高炭水化物)
  • クマは何を、どれだけ食べてもよい
  • 毎日の摂取量を計量・記録
  • 2 年間(複数シーズン)にわたって追跡

この実験で測りたかったのは、「クマが自由に選んだとき、どの栄養バランスに着地するか」。 理論上はカロリーが最大化される食物(脂質が多いサーモンなど)を選び続けるかと思われましたが、 結果は違いました。

結果 — クマは「17:83」を選んだ

クマたちの選好は、想像以上に 「精密」でした。

栄養素摂取エネルギー比率
タンパク質17%
脂質 + 炭水化物83%

どの個体も、どの季節も、ほぼ 「タンパク質 17%」の地点に着地しました。 これは個体差・季節差を考慮しても統計的に明確な収束で、「クマは自然界の中でこの比率を目指して食を選んでいる」という仮説を強く支持する結果でした。

さらに興味深いことに、この比率を選んだクマは 体重増加が最大化されていました。 他の比率(例えばタンパク質 30%)を強制すると、同じカロリー摂取でも体重が増えにくくなる。 17:83 は カロリー利用効率の最適点でもあったのです。

なぜタンパク質を避けるのか

「タンパク質が多すぎると太れない」 — これは哺乳類の生理学では一般的な現象で、「タンパク質代謝のコスト」が原因です。

タンパク質を消化・代謝するには大量のエネルギーが必要で、副産物として尿素・熱が発生します。 高タンパク食をすると、消化吸収だけでエネルギーの 30〜40% が使われてしまう。 一方、脂質・炭水化物のコストは 5〜15% 程度です。

冬眠前に 体重を 30% 増やす必要があるクマにとって、 効率の悪いタンパク質を大量に食べるのは合理的でないのです。 だから「脂質と炭水化物が中心、タンパク質は最小限」という戦略が遺伝的に組み込まれていると考えられます。

野生のクマでも同じことが観察される

飼育下の実験結果が、野生でも当てはまるのか。これも後続研究で検証されています。

Coogan ら(2014, PLOS ONE)はカナダのヒグマの胃内容物を分析し、 季節を通じての 「栄養バランス」を計算しました。 春は新芽・若草で炭水化物中心、夏はベリー・昆虫で炭水化物 + タンパク質、 秋はベリー・堅果で炭水化物中心。

平均すると、野生のヒグマも 「タンパク質 17〜25%」程度に着地。 飼育実験の結果と整合しました。

サーモン産卵期のアラスカヒグマだけは例外で、タンパク質比率が一時的に高くなりますが、 これは「サーモンが大量にいるから、選択の余地が限られている」状況であり、 やはり体重増加効率はやや低いとも観察されています。

秋の出没急増は、栄養計算の結果だった

ここで日本のクマ事情と接続します。

日本のクマが 秋に大量に出没する理由は、これまで「ハイパーフェイジア(食欲増進期)」 と漠然と説明されてきました。 でも、Erlenbach らの研究を踏まえると、もっと精密な説明ができます。

秋のクマは「17:83 の栄養比率で、最も効率よくカロリーを摂取できる食物」を探しているのです。 山中ではブナ・ミズナラ・コナラのドングリ。これらは炭水化物 70%・脂質 15%・タンパク 6%程度で、 ほぼ完璧な「17:83」食です。

ところがブナが凶作だと、山中のドングリは激減。クマは「17:83」を求めて山を降ります。 そして人里で見つけるのが —

  • 🍎 : 炭水化物 75% / 脂質 1% / タンパク 4% (ほぼ完璧)
  • 🌰 : 炭水化物 60% / 脂質 25% / タンパク 6% (理想的)
  • 🍯 蜂蜜: 炭水化物 82% / 脂質 0% / タンパク 0%(最高効率)
  • 🌽 トウモロコシ畑: 炭水化物 70% / 脂質 4% / タンパク 9% (理想的)
  • 🥫 生ゴミ(特に米飯・パン): 高炭水化物(クマには「ご馳走」)

これらは 「17:83 仮説」から見て、完璧な秋食です。 山で食べられなかった分を、街で完璧に補える。クマが市街地に来るのは「飢えているから」ではなく、「最適な食物を求めて」なのです。

市街地の食物が「最適」すぎる問題

さらに皮肉なことに、人類が作る加工食品は クマの栄養目標とほぼ完全に一致します。

  • パン・米飯・うどん: 炭水化物中心
  • 砂糖・蜂蜜: 純粋な炭水化物
  • ジャム・果物加工品: 高糖質
  • ドッグフード(特に乾燥タイプ): 比率設計されている
  • 家畜飼料(特にサイレージ): 発酵で高エネルギー

これらは野生食では味わえないほど カロリー密度が高く、効率も最高。 一度味を覚えたクマが何度も街に来る理由は、ここに帰結します。 Vol.2 で取り上げた 「都市型クマの誕生」 Beckmann & Berger 2003)の栄養学的説明とも言えます。

日本のツキノワグマと果樹被害の構造

ツキノワグマでも同じ栄養選好が観察されています。

森林総研・各都道府県研究機関の調査では、ツキノワグマの胃内容物の季節別の栄養比率はヒグマと類似しています。 特に秋(10〜11 月)は炭水化物比率が 70% を超え、 Erlenbach の「17:83」モデルに極めて近い構造を示します。

日本でクマ被害が 柿・栗・蜂蜜・トウモロコシ・水稲に集中するのは偶然ではなく、 これらが 「クマの栄養目標を完璧に満たす食物」だからです。 詳細は クマと農業 ブナとクマを参照してください。

今日からあなたができる 4 つのこと

  1. 秋の「高炭水化物食」を屋外に置かない — 柿・栗・りんごの放置は厳禁。 砂糖・蜂蜜・ジャムの屋外保管も禁止。これらは「17:83」を満たす完璧な誘引物です。
  2. 「カロリー」ではなく「炭水化物 + 脂質の組合せ」で考える — 同じカロリーでも、 バランスが「17:83」に近いほどクマを呼びます。米飯・パン・ジャムを優先的に屋内保管。
  3. ペットフードの屋外保管禁止 — 多くのドッグフードは 栄養比率がクマに完璧。 屋内・密閉保管が鉄則。
  4. 果樹の落果は毎日拾う — 完熟して地面に落ちた果物は、 発酵 + 糖度上昇でクマには 究極のご馳走。日次の片付けが効果的。

参考文献

  1. Macronutrient optimization and energy maximization determine diets of brown bears(本号メイン)
    Erlenbach, J. A., Rode, K. D., Raubenheimer, D., & Robbins, C. T. (2014). Journal of Mammalogy 95(1): 160–168.
    DOI: 10.1644/13-MAMM-A-161.1 →
  2. Macronutrient optimization and seasonal diet mixing in a large omnivore, the grizzly bear: a geometric analysis
    Coogan, S. C., Raubenheimer, D., Stenhouse, G. B., & Nielsen, S. E. (2014). PLOS ONE 9(5): e97968.
    DOI: 10.1371/journal.pone.0097968 →
  3. WSU Bear Center — Charles T. Robbins 教授の研究施設
    labs.wsu.edu/bearcenter →

※ 本記事の解釈は獣医工学ラボ編集部の責任において行ったもので、原著者の主張を完全に再現したものではありません。 学術的に厳密な議論が必要な場合は必ず原典をご参照ください。本シリーズへのご意見・取り上げてほしい論文のご要望は 運営情報のお問い合わせ先まで。

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この記事は KumaWatch 編集部が執筆しました。実際のクマ対策にあたっては、各自治体の最新情報・専門家の指示・現地ガイドの判断にも従ってください。